暗雲たちこめる 暗黒の大学時代(3)完結編

前回の続きです。

(2)を書いた昨日は一日中頭が重く、食欲が出ませんでした。

しかし、今朝起きるとスッキリして体が軽い感じがします。

過去と向き合うことができたのかもしれません。

今回で完結編です。それでは始めます。

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妹に対する行い

当時、家には同居していた妹が居ました。

妹も大学生になってたまたま近い大学だったので同居することになりました。

それまでの妹との関係は仲が良くもなく悪くもなくという、普通の関係でした。

妹が家に住むと決まったときは何も思わずに普通に受け入れました。

しかし、同居し始めるとそれまで家族として何の遠慮もいらない関わりをしていた
のが、気を遣わなければならなくなってしまった。

例えば風呂の準備や、妹が寝ている時間には物音を立てない、など自分の問題として
考えなければならなくなったのです。

それに加えて、私が昼夜逆転で大学に行けていないこと、一人暮らしを始めてから劣化
し始めたことをどう繕えばいいのか。

それは他人のことを考えるどころか自分のことすらままならない私には難しいことでした。

更に、毒親育ちらしく妹を出し抜いて親からの注目を集めてきた分、妹に対しては
優越感を持っていました。

その私が同居する妹に対してなぜこんなに遠慮し、己の実態を晒すことに恥ずかしさを
感じないといけないのか。

筋違いではありますが、日がたつにつれて段々うっとうしい思いが募りました。

妹に監視され、笑われているような気がしていました。

このままやられっぱなしでいられるか。

私は被害妄想から、危険な考えを持ち始めていました。

そして、妹に対して暴言を吐くようになりました。

いきなり部屋のドアを開けて怒鳴り込んだり、ドアに物を投げつけて叫んだり。

何を言っていたかというと、馬鹿にするなよ、とか、なめんなよ、とかそんなこと
だったと思います。

数日に一回はそんなことをしていました。

妹はどんなに恐怖だったかと思うと、今は申し訳なく思います。

信じられないことですが、当時私は被害者のつもりでした。

被害妄想でいっぱいで、頭がおかしくなっていたのです。

他にも色々な嫌がらせをしました。

部屋に自作の黒魔術風の札をはったり、妹が横を通るときに拍手で出迎えたり。

完全に奇行に走る人になっていて、もはや兄としての姿はそこにはありませんでした。

病気のせいにしたかった

三年生くらいから、精神が日々悪化してきました。

頭の中で考え事をしているのが自分で考えているのではなく、誰かから言葉を脳に
ふきこまれているのではないかと感じるようになりました。

そして、意思で思考を止めることができなくなりました。

インターネットで調べると、統合失調症の症状に近かったので、私は病院に行きました。

病院で統合失調症でないかと話すとあっさり薬を出してくれました。

しかし、私が本当に統合失調症だったかというと多分違うと思います。

私は恐らく、毎日がうまくいかないのを病気のせいにしたかっただけでした。

病気なのだから、現状の自分でも仕方が無いと思いたかっただけでした。

ちなみに、母に通院していることを話しても、何の興味も持たれませんでした。

過去の心配性、過干渉、過保護ぶりは何だったのかと思ってしまいます。

誰も近寄らなくなった

大学も四年生の頃になると、他人から見ても異様だったと思います。

思考で迷いの渦ができ、頭の中がぐるぐる回っていて、目の焦点が合わないのです。

歩いていてもまっすぐ歩けない、それもそのはず、下を見ようと顔を下に下げたら
目玉は勝手に上を向いたり、急に目に力が入ったり、前を見るのが怖くなったり。

それをかばおうと必死に意識を集中していたので余計に変だったと思います。

大学に行っても私は触れてはいけない人のようになっていて、誰にも声をかけられ
ませんでした。

結局大学では友達はできず、以来友達の居ない生活が十数年続いています。

とことんズレている母

就職活動がうまくいかず、人生に悲観的な私に母がしてくれたこと。

何と、お祓いに連れて行ってくれました。

もはや神頼みとは、とことん私の母は無能だったのです。

もちろん、何の効果もありませんでしたよ。

そんなことをするぐらいなら、自分の子育てを少しでも振り返ってほしいと思いました。

向かう方向を間違えてしまった

こうして私は大学を卒業するわけですが、人生の船出をするにはあまりに厳しい状態でした。

準備を整えるどころか、迷いに迷って何もわからなくなってしまいました。

私が困ったときにはお祓いに連れて行ってくれるような母ぐらいしか身近に人が居ず、
道しるべになるようなものが何もありませんでした。

幼い頃から母の顔色だけを伺い、それだけしか気にしなかった私には、本当は色んな人が
発してくれていたであろうメッセージを受け取れなかったのでしょう。

早く母から離れないといけなかったのを、逆に結びつきを強くしてしまった。

それが大学時代に私を取り巻く社会から孤立していった原因だと思います。

いつの日か、大学の同級生の女子と将来の夢について話していて、

「俺は母の期待に応えないといけない(だから勝手なことはできない)。」

と言ったときの彼女の悲しそうな顔は忘れることができません。

 

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