毒親

私と毒親が手を組んで妻にひどい振る舞いをしてしまった話

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私は私でおかしいことは自覚している

私の妻は普通の感覚を持った人ですが、私の親の感覚がおかしいことに早い段階から気付いていたようです。

もう10年くらい前の話です。

結婚する頃の私はまだ親を疑うことを知らず、よく「私と両親VS妻」の3対1の構図を作ってしまっていました。

妻を毒親から守るどころか、毒親と一緒になって妻を傷つけていたのです。

この時点で妻側からすれば結婚は破談になって然るべきだと思いますが、妻はよく私を許してくれたものだと思います。

 

当時のことを思い出すと、振る舞いについては親より誰より私が一番酷い人間だったと思います。

私と妻はその当時はずっとケンカをしていました。

ケンカと言うとお互いに原因があるように聞こえますが、その実態は私が気に入らないことを一方的に相手にぶつけているだけでした。

その気に入らないことというのは、仕事をしたくないとか、態度が気に入らないとか、私の自由を制限するなとかいう身勝手なものです。

 

ある日のことです。

いつものように些細なことで怒りを感じた私は家の中で叫び、ここでは書けないような暴言を吐き続け、暴れて外に出ました。

恐怖を覚えた妻はチェーンロックをかけ、私は中に入れなくなりました。

 

私はそれを、

「ただの口ゲンカなのに妻から追い出されて行くところがない。こんなの許されると思う?何とかして!」

と母に事実を歪めて伝え、力を借りようとしました。

すると母は、ろくに事情も聞かずに妻の母の職場の電話番号を調べ上げ電話をしたり、妻の祖母の家にも電話をしたりしました。

そのときに妻の母に対して、

「おたくの娘さんはどうなっているんですか。どうにかしろ。謝罪させろ。」

というようなことを言ったそうです。

いい恥さらしです。

 

妻はそれを知って、

「そんなことをするとお義母さんが後で恥ずかしい思いをするだけですよ。夫婦のケンカなので二人で解決するので放っておいてください。」

と電話でなだめたそうですが、聞く耳を持たず、母は

「私を馬鹿にしてんのか。結婚して○○の名字になったんだろ。○○の名前になったのなら私の言うことを聞くのが普通だろ」

と言ったそうです。

そして妻に攻撃が効かなかった母は私に、

「妻の実家に直訴しに行きなさい!」

と電話で言いました。

私はさすがにそこまでするともう取り返しがつかなくなると思い、よそに泊まることにしました。

一通り自己反省をした結果見えてきた真実

この通り、身勝手な理由で暴れ、嘘をつき、親の力を借りて自分に有利な状況を作ろうとした私には大きな罪があります。

既に成人していた私がこんな行動をしたのは当然私の責任です。

もうこんなことは繰り返してはいけない。

 

そう思うと、私の無茶苦茶な行動に喜んで手を貸そうとした親の姿が見えてきます。

一体親は何を考えていたのか。何も考えていないようにも思えます。

ただ、自分の家が妻の家に負けるという思いから動いているのではないかと思います。

勝ちとか負けとか言うなら、非常識な立ち振る舞いを相手の家に晒すことのほうが余程私の親にとって不利になると思うのですが、そういうことではないのです。

簡潔に言ってしまうなら、相手を支配下に入れることが毒親にとっての勝ちです。

上か下か、それだけの価値観です。

そして私は見事にその色に染まっていました。

思春期の頃は多感で、親のようになりたくないと思っていた私も、知らず知らずの内に親のようになっていました。

子は親に似るとは見事真実を言い当てた言葉だと思います。

 

しかし、私はもうその流れに乗っていきたくない!私には親がとても幸せそうには見えない。

普通の人のほうが魅力的に見える。

やはり、私は親のようにはなりたくない。

 

となれば、直接言う機会がなくとも親がおかしいことは理解した上で、自分はそれとは区別した生活をしていくしかありません。

親あっての子というのは確かですが、その親の考え方は私を育てるにはあまりに不適切なものでした。

成人するまで衣食住を確保してくれたことには感謝し、良い思い出はそのままにしながらも、今後私が生きていくためにマイナスになる考え方に対しては批判的な姿勢を崩さずにいこうと思います。

【追記】まだまだこの記事を書いた頃は毒親を断罪しきれていませんでした。批判する姿勢はあるものの、罪悪感に囚われている状態でした。しかし、自分らしく生きようとするのならそのようなためらいこそ命取りになると今では思います。

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