確認恐怖(強迫性障害)は生活を蝕む毒

確認恐怖(強迫性障害)は生活を蝕む毒

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母の確認癖

私の母は外出前には色々なことを細かくチェックしないと気が済まない人でした。ガスの元栓が閉まっているか指差し確認をし、ドアに鍵をかけた後は何度もガチャガチャして確かめていました。子供の私はどうしてそんなに何度も確かめるのだろう?と思いましたが、それほど気にはしませんでした。

しかし、今でも印象に残っている出来事が一つあります。ある時、夕方頃電車にのって祖母の家に行くために、母、私、妹、それから家に来ていた祖母の4人で駅に向かいました。歩いて駅に着いたときに、母が家の鍵をかけたか心配だから帰って確認すると言いました。

私は子供ながらに不自然な行動をするなと思いました。それから待つこと1時間くらいだったでしょうか。私には数時間のように感じられました。何もせず駅で待つというのは辛いものです。何をしに家に帰ったのか納得もいかなかったのでなおさらです。

本当に母の行動は私にとって意味不明でしたが、十数年後に私も同様のことをするようになるとはこの時の私は思いもしませんでした。

勝手に火がつくという妄想まで起こる

私は独り暮らしをしている時にタバコを吸っていました。(現在は禁煙に成功しています)一人なので、火の始末には注意を払わねばなりません。他に確認してくれる人が居ないからです。

そういう状況になるとそれまでズボラだった私は急に神経質になっていきました。火を消したときは水をかけて完全に沈め、火のつきようがない状況にしないと気が済みませんでした。その上でわざとその場を離れた後で戻ってきて、本当に消えているか確認するまでがワンセットでした。

最初はそれで済みましたが、段々症状がひどくなってきました。自分が離れた途端に勝手に火がついているのではないかという妄想に囚われだしたのです。

こうなってはお手上げです。その場を離れては、戻るを疲れるまで繰り返す癖がついてしまいました。

そんな私は外で吸殻をポイ捨てをする悪しき習慣がありました。そんなことをすると、そうです。火は消したはずなのですが実は完全には消えていないのではないかということが気になり始めました。

そして数百メートル歩いた道を戻って確認するようになります。それが嫌なので今度は吸殻を踏んだ上でペットボトルに入れておいた水をかけるようになりました。これで完璧だったはずなのですが…やはり再度火がついてしまう妄想に囚われるようになってしまいました。

酷い時は夜に捨てたタバコを、翌朝始発電車に乗って行ってその跡を確認し、そのまま家に帰ってくるようなこともありました。自分でも何をしているのかわからないのですが、そうしないと気になって何も手につかないのです。

これは正に確認恐怖(強迫性障害)です。理屈で判断しているのではなく、駆り立てられるように確認行為をしてしまうのです。ちなみにこの症状は携帯灰皿を持ち歩くようになって治まりました。

何度確認しても手応えがない

他には家の鍵がかかっているかを確認する、パソコンのデータを上手く保存できているか確認する、郵便物をポストにきちんと入れることができたかを確認する、など生活に支障が出るほど色んなことが気になりました。

上手くいっているか確認はするのですが、なぜか満足できないのです。ドアに鍵をかけた後などは何度もガチャガチャしてかかっていることを確認できているのですが、自分の中でなぜかしっくりきません。

頭の中の、物事が解決したことを認める機能が停止しているようでした。解決している事実は確認できても、それを解決と心が感じてくれませんでした。心はどこか違うほうを向いていたのです。そうして自分にイライラしながらドアノブをガチャガチャさせ続けました。

非常に苦し紛れですが、ドアノブをガチャガチャするときに
「えいっ」「はあっ!」「これで大丈夫だ」「これで最後の確認だ」などと自分の気持ちを押し出すようにすると比較的早く気が済むようになりました。

もしくは、もう鍵なんかかかっていなくてもいいから確認作業はしない!と決意して実行することで少しずつ吹っ切れていきました。結局、私の確認恐怖(強迫性障害)は心配したくもないことを心配しなければならないストレスが頭の中にこびりついて、対象に執着してしまっていたのかもしれません。

確認恐怖は自尊心を奪い、生活の質を下げる

私はこれらの確認恐怖によって、生活の時間を多く奪われただけでなく、自尊心の低下も起こりました。自分の判断で確認することを中断できず、度を越してしまっても止められない自分が信用できなくなったのです。そうして自己管理をしているという健全な感覚が失われました。

実際に行っていること自体が健全ではないことなので、自分はまずい状況にあることを自覚するようになりました。そこで確認行為を行わないように考えて行動し、それが功を奏してくれたのは本当に助かりました。

私の場合は途中で吹っ切れたので良かったですが、この強迫性障害がずっと続くとかなりの地獄であったろうと思います。意志の力では状況がどう動くかわからないので、本当に困った場合は病院に行ったほうがいいのではないかと思います。もう二度と体験したくない症状です。

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