努力する前から疲れ果てていたことに気付いた毒親育ちAC

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アダルトチルドレン

縁あって就職した職場は教育現場

毒親によってずっと人生のマイナス域に沈められていたせいか、他人が問題を抱えているのを見ると救ってあげなくてはいけない気がしてきます。

私は割とお節介なほうなのですが、親が過干渉だったことを思うと親譲りの性格なのかも知れないです。

私はそういう背景もあって、職場を転々とした後、学習塾で働くことになりました。

健全な人とアダルトチルドレンとの違いを感じた瞬間
歪んだ親は別に子供の心配をしているわけではない 過保護かつ過干渉の毒親がいる家で育つと、不自然な接触方法や、接触頻度が当たり前になってしまうので正常な感覚が持てなくなったりします。 心配性でもある毒親はこれでもかとばかりに子供の行動...

大人になってわかりましたが、この業界は私も含めて癖の強い人が多いです。

他人の、それも子供の世話を焼こうというのはある意味変わった人でないと務まらないのかも知れません。

子供好きの人ならまだしも、なぜかそうでない人もいますしね。

ちなみに私がこの業界に入った時に志したことは、

「私のような子供をこれ以上生み出さないようにすること」

でした。

完全に自分を反面教師として子供と接していこうとしたわけです。

どれだけ自分が子供らしくない子供だったかがわかった

冒頭で私は他人を救いたくなると書きましたが、本来人それぞれ課題があり、時には苦しくてもそこで頑張って成長することが必要なのかも知れませんね。

私はいかに苦しみから逃れるかが大事な人間だったので、赴任当初は勉強に集中できなくなったり、甘いことを言っていたりする子供をろくに注意せず、楽な方に導こうとしました。

しかし、これは私が毒親からの束縛から逃れたかったときの願望であるように思います。

 

人生の絶対的なマイナス域に浸かっている私はとにもかくにも救われることが第一優先で、苦しみに耐えて努力をするということができませんでした。

私は努力をして頑張る前から毒親によって最大限の苦痛を与えられていたので、それ以上は頑張れなかったのです。

結果私は怠惰な半生を送りましたが、かと言って楽かと言うと決してそうではありませんでした。

 

こんな私の指導方針は心身共に健康な子供達には不必要に甘いものでした。

それに気付いた私は周りの同僚が行っているように、子供達に対して時には厳しく接するようになりました。

そうすると不思議なことに、私は感覚としては過度に厳しくしているつもりなのに、子供達はしっかりとついてきてくれるのです。

 

どうやら、正しい道に導けばそれに伴う苦労は苦痛にはならないようです。

毒親の支配がいかに苦痛に満ち、無意味で、子供を駄目にするかよくわかりました。

私は健全な感覚を通して成長することを知らない、本当に子供らしくない子供だったと思います。

 

子供に対して一番必要なのは勉強をさせることでなく、人間教育を施すことだと思います。

心が歪んだ人間が知識だけ身につけたって仕方が無いですからね。

知識を生かすのは健全な人間性です。よって、人間性は学力より重要です。

そう思うと、最初から人間性を無視する毒親は最低な子育てをしていることになりますね。

子供達と接していると色々なことを知ることが出来て、逆に私が教えてもらっているような感覚になります。

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