子供みたいな母の子育ては子をダメにする!親の精神的ネグレクト

スポンサーリンク
毒親

肝心なことは何もしない精神的ネグレクト母

毒親は金が大事!子供の教育にお金をかける理由
毒親はお金しか信じられない 世の中で生きていくにはお金が必要なのは言うまでもないですが、大事なのは何もお金だけではありません。 何かに生きる意味を見出せれば、また人との繋がりを重視するのであればお金だけが大事という風にはならないはず...

今回の内容はネグレクトの要素が強いです。

 

私の母は散々勉強だけは私にさせようとしましたが、生きる知恵は全く教えてくれませんでした。

友人に対する気遣いはできない、適度な息抜きの仕方もわからない、とにかく親と一緒にいると物事の加減の仕方がわからなくなってくるんです。

 

母は過干渉で私が小さい時から私の身の回りのことは何でもしてきました。

でも私からすれば、そんなのは赤ちゃんの時代だけでよかったです。

親は私が何にチャレンジしようとしても心配するふりをしつつ、「どうせあんたは失敗するよ」というメッセージを送ってきます。

子供が失敗して自分を頼ってくるのが望みなんです。

 

子供の私は母が居ないと生きていけないと思っていましたが、何のことはない、母にそう思わされていただけなんですね。

今これを書いているだけで腹が立ってきます。

 

いったいどれだけの私の希望とやる気と未来と健康を闇に葬られてきたのだろう。

あの母に育てられたことによって、思考方法が歪められてしまった。

私の興味、好奇心の全てを奪い気持ちを全て母に傾けさせられた。

こんな自分も情けないが、幼稚な願望で小さな子の精神をコントロールした人間が居ること。

そしてそれが自分の母であることに深い悲しみを感じます。

嘘でもいいから安心したい 毒母への心の手紙
母へ 真実など知りたくない。 あなたが思っていることがろくでもなく冷たいことなどわかっているから。 あなたが思っている本当のことなんか聞きたくない。 心の底では私のことなど嫌いでどうでもいいと思っているのは薄々わかってい...

子供が年を取ると毒親は本性を見せ始める

私の母はひとしきり成長期の息子の人生にこれでもかとばかりに干渉した後は、まるで手のひらを返したかのように無関心になりました。

どういうことかというと、子供も大学生にもなると一人暮らしだ、就職活動だと生活が複雑になり、母自身の手に負えなくなるのです。

 

母ができるのはせいぜい息子に無理やり勉強させ、幼稚園児が必要とするような世話を焼くことぐらいでした。

それが「母自身も上手くできなかった社会人生活」が息子に近づいてくると、そこでパッと手を離したようになってしまったのです。

 

散々自分に頼らせておいて、自力で生きるたくましさを全く身につけさせないで、面倒くさくなったから放り出してしまうというのはどうなのでしょうか。

私は今となってはわかります。

母はある意味完全な無能です。

子供を大人になるまでしっかりと育てる力など無い。

せいぜい子供が幼稚園児になるぐらいまでの親子のふれあいが何とかできるぐらいで、その後は精神的ネグレクトと言っても差し支えの無いレベルの未熟な子育てでした。

特に他人に対する配慮や道徳心のようなものは一切私の中で養われませんでした。

また、私が何かで困った時も、悩みがあるときも、本当に私自身を見て手助けしてくれたと感じたことはありませんでした。

 

母は自分勝手で無責任な思考を持ち合わせていましたし、自分に有利に立ち回るずるがしこさも備えていました。

自分に快感なことには抗えない、まさに私に言わせれば女が腐った女そのものでした。

母に悪気があろうと無かろうと私にはどうでもよく、私から見れば学歴さえつければ後はどうなろうが構わない、最悪でも死にはしないでしょと言わんばかりの放置をするひどい人間に見えます。

 

これは就職活動が上手くいかなかったことを話した時の母の名言です。

「(世間で有名な高校の同窓生を指して)~~さんと同じ高校でしたと言えば
見込まれて就職させてもらえるんじゃない?」

笑ってしまいます。

虎の意をかる狐どころではないです。

名前を出せば相手がビビるとでも思ってるんでしょうか?ヤンキーの世界か何かでしょうか?

 

更に問題なのは私がそれを実行してしまったこと。

その発言を聞いた採用担当者は聞こえなかったふりをして、当然私はその会社の選考に落ちました。

親子ともども救えない馬鹿だったわけです。

母と子の幻想の物語が崩れてゆく

そんな私も就職はできました。

しかしそこでは母譲りの常識のない態度が災いして段々居心地が悪くなってきました。

あからさまなパワハラを受けるようになり、社員の中で私一人だけが膨大な仕事を与えられ、泊り込みで仕事をするようになりました。

 

もう限界だと母に電話でそのことを相談したところ、

「(オッホン)会社に仕事があるのはいいことです」
(あなたの体調などどうでもいいですってこと?)

「(アーモウ)私にそんなことを言われても困ります」

「(ハイハイ)頑張ってたらきっといいことがあるよ」

とまさに他人事。

もう電話越しに早く切りたそうな様子が目に浮かぶのです。

母は私が退職して無職になられたら困るとしか考えていません。

そのことは後々の母の言動を見てはっきりと感じました。

母より世間の赤の他人の方がよっぽど自分に優しいと感じました。

 

もはや自分の利益にもならない人間はせめて自分に迷惑をかけるなというところでしょうか。

このような親は同情心のかけらも見えない本当に自分のことしか考えていない人間だと思います。

私は信じるものを失ったような気分で、その後はヤケクソのような気分で数年間を過ごしました。

目に見えないDV

今回お話した内容はステレオタイプな毒親とは異なるかも知れませんが、幼い頃から母という幻想にずっとだまされてきた私を語る上で、外せない母の異常さがわかるエピソードだと思います。

特に私が思春期あたりから上手くいかない人間になってきたのは、この母の幼少期からの精神的ネグレクトが大きいと思っています。

 

精神的ネグレクトは子供の心を健全に育まない、精神的DVと呼んでも差し支えの無いものです。

このような行為をする人間は決して親になるべきではないと私は考えます。

こういう親のもとで育った子供はまともに生きようと思っても、常に障害物にぶち当たります。

そして自分という人間を手に入れる旅に出ることを余儀なくさせられるのです。

メンタルをじわじわやられていく非リア充大学生の憂鬱(実体験)
アダルトチルドレン化の始まり 大学進学で県外に出るため、私は一人暮らしをすることになりました。 私にとって一人暮らしは自立の第一歩ではありませんでした。 例えるならどこまでも伸びる鎖で親と繋がった私が距離だけ離れた場所に行くよ...

コメント

  1. ごんた より:

    初めてコメントさせていただきます。

    今回の記事と前回の記事にある親の行動が、家の母親の事を書いているのかと思ったくらい同じで、思わず笑ってしまいました。
    とにかく過干渉で、母親の思い通りに私が動かなければ泣き落としにかかるので、ずっと窮屈な思いをしながら生きてきました。
    勉強とか就職とか世間体が気になることにはとことん口を出すくせに、生きるための知恵何かは一切しつけられたことがなく…
    未だに人間関係が苦手です(というより、嫌いかもしれません)
    人間関係が苦手すぎて、もしかして発達障害を抱えているのかも?と悩んでいたのですが、発達障害の特性に全く当てはまらず。
    最近になって『アダルトチルドレン』を知り、これだ!と今までの生きづらさの謎が解けた気分です。
    まだ最近の記事しか拝読できていませんが、これからじっくりと読ませていただきたいと思います。

    • silver より:

      ごんたさん

      コメントありがとうございます。
      小さい子供にとって親は絶対なので、毒親でも慕わないといけないのが悲しいところですね。
      過干渉の親は自分がおかしいという感覚を持っていませんから、当たり前のように圧迫してきますし、子供は否応なくそれに適応するしかなくなります。

      結果、感覚が自然体の人と大分異なってしまうので人間関係は苦労することでしょう。
      私も自然にコミュニケーションをとることができず、涙ぐましい努力などをする少年時代を過ごしました。

      私も色々な診断名を自分に疑いましたが、第三者から見ると親がおかしいから私はこうなったというのが明白らしいです。
      それを知ってからははあまり自分を責めずに過去を振り返れるようになりました。

      まだ記事数は少ないですが、これからも見に来ていただければ幸いです。