毒親は我慢が必要だった過去の時代の遺物へとなっていく

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毒親

自由に生きることについて現代の若者は真面目に考えていて、色々なしがらみに縛られる必要が無くなっています。

自由になりましょう
世間では「一昔前は自由を求める時代、現代は承認を求める時代」だという論調があります。 私はまだ子供でしたが1980年代、90年代は確かに自由を求める時代でした。 子供たちは管理教育、体罰、ありきたりの人生のレールを嫌い反抗する。...

私なども十代のときにはありとあらゆる常識を疑い、理論で武装して世の中に挑もうとしたものです。

「現代の自由」に繋がる行動は現在60代の全共闘世代の頃から見られますが、その世代と私達とでは大きな価値観の隔たりを感じます。

一本しか無い人生のレール

私から見て60代の人達(私の親世代)は社会や家に所属し、体裁を保つことに縛られています。

もっとも時代背景的に自分ひとりで生きられない時代だったから仕方ないのだと思いますが、まっとうに会社に勤めて立派な社会人でいることが良しとされ、結婚して子供をつくって育てるのが一人前だという考えしか認めないように見えます。

また、女性は働いて自活するという選択肢が無かったので結婚して家庭に永久就職するしかありませんでした。

数十年前は結婚率がほぼ100%だったといいますから、いかに人生の道筋がはっきりしていたかわかるでしょう。

女性は否応無く結婚することになり、多少夫と性格が合わなかったり嫌なことがあっても我慢しなければならなかったでしょう。

いや、女性だけでなく男性も家庭内で我慢を強いられる環境にあったと思います。

以上はあくまでも想像です。

しかし、現代みたいに何かあると離婚をしたり、そもそも結婚をしなかったり、多様な生き方がある時代とは一線を画していると思うのです。

毒親の誕生過程

60代の人にとって一本道を確実に歩んでいく人生では細かいことに拘らないようにし、持て余した不快さを消化しきれずに自分や相手にぶつけることになるのは仕方の無いことかも知れません。

二十代や三十代の人は感情をあらわにして強引に迫ったりせず、人間関係で不快さを感じなくて済むように前もって工夫しています。

しかし比較的年配の人はそのあたり気にしないというか、良く言えば大らか、悪く言えば雑なんですよね。

ネガティブな精神を抱え込む人にとっては本来適当であってはいけない部分なのですが。

ネガティブな感情をそのままにしておくとやがて隅に追いやられて歪みを生じます。

そして社会の常識と家の常識と置き去りにされた自分の感情の関係が破綻したときに毒親の精神が誕生するのだと思います。

毒親がするDMC(家庭内洗脳)とは
DMC(家庭内洗脳)とは何か DMC(家庭内洗脳)とは「育て直し」で有名な岩月謙司の著書に出てくる言葉で、私が自分のテーマにしている言葉です。DMCとはドメスティック・マインド・コントロールの略称で、文字通り家庭内での洗脳を指します。 ...

そういう意味では戦後の混乱期から日本社会が急成長するあたりの目まぐるしい環境の変化(海外でも目まぐるしさは同じ?)が毒親と認識される存在を産んだと言えるでしょう。

それ以前の時代では同じ毒親タイプの人でもおそらく毒親という認識のされ方はしないのではないのでしょうか。

生きるか死ぬかの時代にそんなことを気にしている余裕はないでしょうから。

毒親に抵抗感を示す世代とその未来

一方、現代では段々と毒親的な思考が問題視され、私達の世代は毒親になる人はかなり少ないのではないかと思います。

普段の人付き合いが毒親的要素を排除するようになっているからです。

そもそも恋愛結婚が大半を占める現在では、毒親的気質を持つ人はカップルが成立しにくいはずです。

誰しも性格に偏りがある人とは付き合いたくないですし、無理して付き合う必要もありません。

今後は男女ともにまともな性格の夫婦が増えていくと思います。

以前に毒親という言葉が死語になることを願うと書きましたが、本当にそうなっていくと思います。

NHK連続テレビ小説「半分、青い。」に毒親という言葉が
毒親という言葉もメジャーになった NHK連続テレビ小説「半分、青い。」に毒親と言う言葉が出てきたと妻が教えてくれました。 私も録画で見てみましたが、母親と電話で赤の他人のように敬語で話す女性を指して、「まだ毒親という言葉もなかった時...

私達は最後に毒親の被害を受けた世代として、永遠に毒親を封印するのです。

そして私達も自由になって新たな世界を生きていきたいですね。

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