女性に対する嫌悪感が暴走して救急車で運ばれた話

スポンサーリンク
人間関係

一見モテない男のひがみとも取れる

今でこそ気にならなくなりましたが、私は女性が楽しそうにおしゃべりしているのを見るのが嫌いでした。

それは単にうるさいと思うのでなく、自由に楽しそうにしている姿にえも言われぬ怒りを感じていたのです。

なぜか、理由を振り返ってみますと

・私もその場に居るのにそっちのけでずっと話している姿を見て、無視されている感覚になる

・さらには私に魅力が無いから相手にされていないのだと感じて、劣等感を感じる

・私が手にしていない自由を満喫している姿を見て、不公平を感じる

・女性同士で結託して私の悪口を言っているのではないかと気になってしまう

・話している内容が聞いていてもわからないので、もどかしさを感じる

などで、まあ一言で言うと相手にされないからひがんでいるともとれるわけです。

しかし、実際はそんなに単純なメカニズムではないと思います。

母との関係で生じた女性嫌悪(ミソジニー)的な感覚

心の奥底から湧き上がってくる怒りは、恐らく母に向けられたものでしょう。

私の心を散々もてあそんで都合のいい方に誘導し、母の幸せのためだけに動かされてきた私。

そのことを心はずっと覚えていて、解消されない怒りを抱えていたのです。

 

その過去を彷彿とさせるものが女性たちが自由に楽しそうに振舞っている場面でした。

職場などで女性たちがずっと話しているのを聞いていると段々心が沈んでいきます。

このときの私は、母の言いなりになっているが内心では怒っていたときの私を再現しています。

(なぜこいつらは私だけ無視してどこまでも話し続けるんだろう、罪悪感とかは感じないのか?いい加減にこっちにも話をふってくれよ、気が狂いそうだよ)

と、心の中では救いを求めています。

 

それが満たされないから、どんどん怒りは増して、苦しくなっていきます。

そこに他の男が優遇されて私だけ差別されている、とか、そういう事情はありません。

実際は、私が目の前の光景を過去の親子関係に重ねて勝手に怒りを感じているだけです。

毒親から暗に禁止された恋愛

今では女性は男性と違っておしゃべりが必要なものだと理解できるようになりましたが、二十代の頃などはそんなこともわかりませんでした。

ひたすら女性の行動を嫌悪し、しかしその反面女性の愛を求めている矛盾を抱え持っていました。

自分でも予期しなかった自傷行為

私が二十代前半の時のことです。

ある職場で私が仕事をしていたとき、同僚の女性二人がずっと話していました。

私は段々と自分の立場が悪くなっていく感覚に陥り、それをどうにもできない自分に怒りを感じました。

 

私はこういうとき、女性にも怒りを感じますがそれ以上に自分に怒りを感じるのです。

まるで自分は生きていてはいけないのだという気持ちになっていき、その瞬間無意識にガラスの置物で自分の頭を殴っていました。

私は脳震盪を起こして倒れ、意識はありましたが救急車で運ばれていきました。

 

あまりにいきなり衝動的にとった行動に自分でもわけがわからず、これからどうなっていくのかと不安になりました。

大事には至りませんでしたが、また一つ人生から足を踏み外した瞬間でした。

自傷としてはそれまでもナイフで体を傷つけることはしていましたが、それはどの程度やるか自分で把握した上で納得ずくでしていたことでした。

それを単純に衝動に任せて己を傷つけたというのは無計画の極みであり、それまでに無かったことでした。

この時期から怒りで携帯電話を破壊することが増え、己の行動をコントロールすることが困難になっていきました。

それは”いい子”で居ることができなくなった遅すぎる反抗期だったのかも知れません。

コメント